白林檎ベースステーション

白林檎ベースステーションは、林檎系個人サイトです。つまり、アップルコンピュータ社の Macintosh の中途半端マニアがうだうだしているだけのサイトです。得るモノ? 他人にそんなものを求める根性は間違っています。まあ、まったりと日記などをお楽しみください。

白林檎的日常

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2004.6.25

 使徒、襲来。まだまだ梅雨まっただ中であるのに、早々と夏ってな感じの大きさである。漆黒の背中は、色ツヤもいい。触覚も立派である。最近成虫になったばかりの若虫なのであろう。二度と出て来んな、バカヤロウ。

 坂本龍一の最新作『Chasm』を買った。Amazon.co.jpのユーズドストアに初回版が出ていたので、これを購入。パッケージの作りが特殊な初回版は、中古だろうが何だろうが、見かけたら猫を質に入れてでも買わねばならぬ。

 出品者はぼくと同世代か、少し年下くらいの女の子のようだった。手紙が同封されていて、一回しか聴いていないとある。どうにも眠くなるから……ということだったが、まあそうだろう。老人性エレクトロニカだものな。SKETCH SHOWのセカンドアルバム『LOOP HOLE』も同系統の音で、こちらも心地よく眠ることができそうだ。音響系を突き詰めていくと、こういうところにたどりつくのだろう。

 それでも教授らしいハーモニーやメロディが随所にちりばめられていて、久々のオリジナルアルバムに対する意気込みを感じ取る事が出来た。良いアルバムだ。相方は眠くなるみたいだが。

2004.6.23

 テレビを大した娯楽だと思っていない白林檎であるが、水曜日だけは話が別だ。「トリビアの泉」がある。「松本紳助」がある。「Mattherw's Best Hit TV」がある。「タモリ倶楽部」がある。どういう訳の訳柄か、ぼくの好きな番組は、水曜日のそれも夜半近くに集中している。特に「松紳」と「マシュー」は時間帯がかぶるので、仕方がないから気分でどちらを見るかを決めているが、出来れば違う曜日なり違う時間帯なりに分散してほしいものである。

 先日実家へ帰ったときに、めかぶが出た。ぼくの知る限り、こんなものが実家の食卓に登場するようになったのはここ数年のはずである。あたりまえだ。めかぶが一般に知られるようになったのはここ数年のことである。

 そのめかぶを相方が妙に気に入り、ここのところ何かあるとめかぶが出てくる。否、毎朝山ほど出てくる。健康のためにとても良いのだそうであるが、こうめかぶが続くといかな海草好きとはいえ飽きるであろう。ましてやぼくはそれほど海草好きではないどころか、塩昆布もところてんも海草サラダもどちらかといえば苦手で、ここまで海草のにおいが強いと少なからず抵抗がある。

 と苦情を言ったら、今朝は出てこなかった。続いていたものが急に途切れると拍子抜けする。いい加減めかぶのにおいには慣れたから、少量であれば毎朝食べても良いかもしれない。

2004.6.21

 一日遅れになりましたが、M.N.さん、ご結婚おめでとうございます。お二人の幸せそうな笑顔がとても素敵です。

 OpenOffice.org 1.1.2がリリースされた。つい先日1.1.1が出たばかりだと思っていたのだが、時代の流れはますます加速しているようだ(ウソ)。

 1.1.2では、X11版ではあるが、Mac OS X版のユーザー会独自ビルドも用意されている。ぼくは現在目下ダウンロード中なのであるが、聞くところによると起動が随分速くなっているそうだ。それに、セットアップも以前と比べれば大分楽になっているらしい。もっとも、それでもUnixの知識がある程度必要な事に変わりはない。早くAquaネイティブ版、出ないかなぁ。

2004.6.20

 このサイトについてにも書いている通り、ぼくはLinuxよりもFreeBSDが好きである。Mac OS Xの親戚だからというのも理由として無くもないが、それだけではない。Linuxよりも見通しが良いように思うからである。それから、インストーラが余計なものを勝手にインストールしないのも良い。

 まあ、Linuxは言うほど触った事がないので、正確に評価できているかどうかはわからないけれど。

 ぼくがFreeBSDを触り始めたのはここ二、三年くらいのことだから、当然訴訟騒ぎがあった当時の事はほとんど知らない。SCO騒ぎみたいなものだろうかと想像してみるが、シェアが減少するくらいだから、ちょっと規模が違ったのかもしれない。何にしても今こうしてFreeBSDを利用できるのは僥倖といえると思うし、開発コミュニティの中の人たちには感謝してもしきれないくらいだ。

 ところで、Linuxがここ数年で急激にシェアを伸ばしたのは、FreeBSDのシェアが減った事とは大して関わりがないように思う。もちろんFreeBSDのかわりに導入するという局面もあっただろうが、それが商用UNIXをも置き換える巨大なムーブメントに育っていったことは、FreeBSDのシェア減少だけでは説明がつかない。M.K.さんも指摘されていることだが、ぼくもLinux普及の起爆剤となったのは、RedHatをはじめとする各ディストリビュータの登場だと思う。Freeであるという点では条件が同じとはいえ、企業の経済活動というバックアップがあるのとないのとでは、市場の印象は随分違う。

 また、「FreeBSD」が単一のバリエーションしか存在しえないのに対し、Linuxディストリビューションは様々なセットを作成可能である。個人で使う分には前者の方がありがたいが、ディストリビュータが独自性を打ち出して競争を演じるには、後者の方が好都合だったろう。競争には常に分野全体の発展が伴う。発展すれば個人法人問わず参入者は増える。増えればさらに発展し、という、稀に見るほどの好循環だったのだと思う。

 もっとも、Linuxの正念場はここからだ。サーバ分野ではFreeBSDが着々とシェアを取り戻しつつあるというし(素晴らしい)、デスクトップ環境に関してはMacにもWindowsにも遠く及ばない。ソフトウェアは出揃ってきているのだが、いかんせんGUI環境がWindowsよりも使いにくい。これは致命的なことだ。

 とりあえずGnomeにしろKDEにしろ、WindowsのタコなGUIを真似するのはやめた方が良い。あんなもん真似たところで使いやすいものになるわけがないのである。

2004.6.16

 今日放送のフジテレビ『トリビアの泉』に登場したエメラルドグリーンのゴキブリ、あれはちょっと夢に出てきそうである。ゴキブリというのは昆虫の中でも直翅目に属し、つまりバッタやカマキリなんかと同じ仲間に分類されている。だからぼくは、「緑色のゴキブリ」と聞いて、まずバッタが平べったくなったようなヤツを想像したのである。が、こいつは紛う方なきゴキブリであった。姿形から動き方まで、深夜の台所でカサカサと蠢いている連中と変わらないのである。いかに美しい色でもあれではダメだ。

 ところで最近は読書と呼べる行為をしていない。本は読んでいるが、読むというよりは参照しているのに近いため、読書のうちには入らないのである。これでは、知識は増えても教養は増えない。原因を考えてみるに、本屋へ足を運ぶ機会が減ったからであろう。昔は学校からの帰り道に本屋が十件近くあったから、ほぼ毎日無駄に本を物色していたものだが、最近は何か目的がないと本屋まで赴かない。目的があって本屋へ行く時は目的の本だけを買って済ませてしまう。これではダメだ。散歩がてら本屋まで通うようにすれば良いのであろうが。