白林檎ベースステーション

白林檎ベースステーションは、林檎系個人サイトです。つまり、アップルコンピュータ社の Macintosh の中途半端マニアがうだうだしているだけのサイトです。得るモノ? 他人にそんなものを求める根性は間違っています。まあ、まったりと日記などをお楽しみください。

白林檎的日常

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2003.7.9

 昨日は T 氏と調布で飲んできた。もともと食事でもという話だったのだが、折よく焼き鳥屋の如き店があったので、そこへ入ることにしたのである。こういう店では当然、まずは飲み物の注文を取られる。すなわちそれが事の発端なのであるが、ここまで大げさに書いておきながら実はビールが一杯と純米酒を一合である。それほどさわぐ量ではない。

 しかし久しぶりに飲んだ久保田の紅寿が旨かったこともあって、気持ち良くアルコールが回り、今日起きてみれば夕方となっていた。大阪へは明日戻るのだが、これで結局秋葉原はおろかラーメン屋めぐりすらできなかったことになる。やれやれ、せめて明日のオヤツくらいはラーメンにしよう。

 夕方に起きてしまっては何もすることがない。ベッドから出たらすぐ食卓に呼ばれ、夕食後はずっとマンガを読んでいた。ずっと読み続けていながら続きを買っていないマンガがいくつかあって、好都合なことに実家では弟たちがそれを買い揃えているのである。『はじめの一歩』の方は真ん中の弟が買いはじめたものだが、『ああっ女神さまっ』はもともとぼくが揃えはじめたものだ。なかなか新刊がでないものだから、いったいどこまで読んだか忘れてしまい、買っていなかったのである。これは一番下の弟が継いで買ってくれている。

 新しく買われていたものを読破してみたら夜中になってしまった。仕方がないのでこれからひとっ風呂浴び、それから別のものにでも手を出すことにする。

2003.7.13

 大阪へ帰ってきたのは木曜日、すなわち三日前なのだが、こちらへ戻った途端、東京生活に輪をかけてダラダラしてしまい、日記すら書かなかった。せいぜいムシクイを書いた程度である。発行の時に読者数を確認してみたら何ともうすぐ 400 人を突破しそうな勢いで、継続は力というが、これだけの人に自分の書いたものを読んでもらえるというのは、何となし不思議な気分がするものだ。

 ぼくが東京でゴロゴロしている間にこちらでは色々な話が進展していたらしく、相方の話についていくのがやっとである。とりあえず東京へ発つ前にやりのこしていた仕事をこなし、それから無礼をしたままの M さんと N さんに名刺を郵送しようと思う。

 その気合いを入れるために今日の夕食は寿司にした。もちろん回転寿司である。ぼくの身分で自腹を切って寿司店に行くほどの勇気はあいにく持ち合わせていない。しかし回転寿司とて最近は馬鹿にできないのである。今日行ったのはあきんどという店であるが、ここのネタはおそらく近隣のいかなる回転寿司屋よりも新鮮で、食べごたえがある。こんなことを書くと競争率が上がりそうでイヤなのだが、本当なのだから仕方がない。

 あ、継続といえばこの日記も一年続いてるんだな。毎日書いてるわけじゃないけど。

2003.7.15

 仕事の打ち合わせ、というか営業で、朝から外出。電車は出勤するサラリーマンや登校中の学生でごった返しているかと思いきや、そうでもなかった。朝とはいえラッシュとは少し離れた時間帯だったのかもしれない。サラリーマンは大変な稼業だとつくづく思う。

 帰ってから昼寝をするつもりでゴロゴロしていたら、夜になってしまった。仕方がないからこのまま起きていて、早朝にもう一度床につくつもりである。そうすればちょうどよいサイクルに戻るのではないかと勝手に思ってみたり。どうだろうな。また昼まで寝るのがオチだろうか。

2003.7.16

 結局眠れず、仕方がないので寝ずに仕事をしている。

 PHP で class を書いた後に Perl でクラスモジュールを書いていると、Perl のオブジェクト指向が従来のプロシージャ指向の文法を  無理矢理  巧く拡張したものだというのがつくづくよくわかる。Perl5 以降に P++ というニックネームを付けたくなるくらいだ。

 Perl6 になったらまたガラリと変わるらしいが、どうなるんだろうか。Perl では下方互換性は伝統的にかなり厳密に保たれているから、その点は心配ないとして、より一層 OOP な方向に突き進んでいることは疑いがない。さしづめ Objective-Perl ってなとこだろうか。ちょっと違うか。

 今日のお仕事 BGM は中島みゆき。徹夜でぼんやりしがちな頭に、力強い歌が心地よい。お〜おかみにぃ〜〜なぁ〜り〜たいぃい〜、っと。

2003.7.17

 エヴァ一旦完結。第弐拾四話の次回予告が「Air」の方だったので、こちらが庵野監督の想定していた元々の終幕だということもあり、一旦こちらで閉めた。途中いろいろとストーリーが補完されていたおかげで、エヴァも随分すっきりとわかりやすい話になったなぁというのがとりあえずの感想である。受け手の想像力を試すような、文学作品に似た匂いを持つストイックなテレビ版の方も、あれはあれで面白かったのだが。

 話は変わるが、朝日新聞だったか、日本語の乱れを云々している記事があった。この手の論文はいつの時代にも出てくるものだが、その記事で取り上げられていた「よろしかったでしょうか」という言葉、これ、ちょっと意識していると、確かにかなり耳に付く言葉だ。

 もっとも、今日のケースが特殊だっただけかもしれない。数分前に注文して、料理を持ってきたときに「こちらでよろしかったでしょうか」は許容範囲なのだが、こちらから要求したわけでもないのにやってきて、目の前の皿を今まさに下げようというときの「お下げしてよろしかったでしょうか」は流石に違和感を覚えた。いくらなんでも時系列くらい意識してしゃべってくれ。

 件の朝日新聞は「よろしくなくても既にやっちゃんたんだから、いいよね。許してくれるよね。という意識が透けて見えるようでいい気分がしない」というような意を書いていて、そう言いたくなる気持ちもわからないではないが、やはり少々穿ち過ぎの意見だろう。

 まあ言葉ほどシチュエーションによって印象の異なるものもないから、いろんな見方があってしかるべきだとは思うけど。結局こんな結論かよ。