白林檎ベースステーション

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白林檎的日常

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2005.8.6

 本日は原爆記念日である。うっかりしていてまた投下時刻を十分ほど過ぎてしまったが、一応黙祷。

 その後、夕飯を取った。朝だが夜の白林檎である。まあ、夕飯が済んだから寝られるというものでもないのであるが。

 先日新潟の酒屋から久保田萬寿を買った。四合瓶である。本当をいうと二合の瓶があれば良いのだが、どこへ行っても売っていないどころか、朝日酒造がそもそも作っていないのだから仕方がない。

 とはいえ、一升瓶はもとよりご家庭用サイズではないにしても、四合でも二人で飲むにはいささか多すぎる。相方は最近めっきり酒に弱くなったので、実質ぼくが一人で飲むことになるから、なおさらである。

 それで、一合くらい飲んで、置くことにした。これが三日ほど前のことだ。で、今日の夕飯どきに出してきて続きを飲んだのであるが、悲しむべきことに、見事に味が悪くなっていた。香りはそれでも萬寿と判別できるくらいなのであるが、舌触りが全然違う。やはり日本酒は開けた日のうちに飲んでしまわねば駄目だ。

 もったいないが高級料理酒に化ける予定である。

2005.8.15

 終戦記念日である。といっても、実際に太平洋戦争の終結したのが1945年の今日というわけではないようだ。ポツダム宣言受諾が14日、軍に停戦命令が下されたのが16日。いわゆるサンフランシスコ平和条約への調印は9月2日で、国際紛争としての太平洋戦争の終結は、正確にはこの日ということになるだろう。15日は昭和天皇による玉音放送が為された日である。ウィキペディアによれば8月15日が終戦記念日とされたのは、1982年の閣議決定に於いてなのだそうだ。

 新しい歴史教科書を作る会が執筆した教科書の採択を巡り、各地で論争が起きている。その主な争点は太平洋戦争の扱いである。左翼の連中がワーワー言うのは彼らの当然の権利であるが、韓国だの中国だのが首を突っ込んでくるのは明らかに内政干渉であって、いかに被害者面をしていようと、許されることではない。

 小泉首相が「郵政解散」をして、政局が風雲急を告げている。かつてこれほどわかりやすかった総選挙があっただろうかということは、あちこちで論じられ、語られているから、ここでは省くことにする。

 自民党の反対派が公認されずあたふたしているのは見ていて笑えるが、民主党のグダグダさ加減にはため息が出るというのが正直なところだ。郵政民営化に反対するなら対案を出せと言われ、返答に窮した挙げ句、ジャスコ岡田がでっち上げた案が「郵便貯金の上限を低くする」である。有体にいってあれは案などという上等なものではない。郵便貯金利用者の利便性を損なった上、上限から溢れた分は銀行なりタンスなりに移されるだけで、大した経済効果など期待できぬ下の下策。これでは自民党から「民主党のいう大事なものとは郵政事業にかかわる公務員の生活保障だ」と名指しで批判されるのも仕方がない。

 政治はバランス調整がその本質である。政治家の仕事は「誰かの権益を守ること」だ。役人の権益を守るのか、地元企業の権益を守るのか。韓国や中国の権益を守るのか、将来に渡る日本国民の権益を守るのか。自分が守るべき誰かのために、パイを可能な限り多く確保するのが、古来より政治家の本分であった。従って、地方から上京した国会議員が地元に新幹線を引っ張るべく奮闘するのだって、左様な働きをしてくれる人物を地元の人間が選抜した以上は、非難されるようなことではない。ジャスコ岡田が郵便局を守るべく高校生レベルのマニフェストを出すのだって、程度はどうあれ、まあ正当な行為であると言える。

 問題はやはり国民の政治意識だ。選ぶ側が変わらないのに、選ばれる側だけが変わる道理などない。公務員は不景気なのに安定してていいよなーなどと愚痴をたたく閑があったら、投票所に足を運ぶが良い。郵政改革を切り口に、のうのうとのさばっている無能公務員ども(実際、有能な人材だけを残してリストラすれば、公務員の数は半分くらいになるのではないか)を一掃してくれる政治家を、自分で選ぶことが出来るのだから。

 もちろん、あなたが郵便局に勤めているのなら、郵政民営化に反対する政治家を選ぶのもいいだろう。とにかく、今度の総選挙では皆、選挙に行こう。

2005.8.28

 最近、ノートが一枚増えた。不本意なことにPCである。さらに不本意なことに、Windows XPが載っている。あまり不本意すぎるマシンだと使う気にならないので、せめてThinkpadにした。トラックポイントはノート用のポインティングデバイスとしては最強だと思うがどうか。また、Windows XP Proのものを選んだので、こちらの面でも少なからず不本意度を減少させることに成功。

 気をよくして使っていたら、タワーのPCが壊れた。HDDのデータ等は無事であるが、起動しない。正確に言うと起動プロセスの途中で落ちて、POSTへ戻る。これを飽きずに何十回でも繰り返す。一度くらい普通に起動しても良さそうなものなのに、根気よく続けていらっしゃる。あれを外したりこれを外したりしてみたものの改善されないから、どうもマザーかCPUが逝ったようだとテキトーに諦め、別のマシンを用意してメモリからビデオカードからHDDから、使えそうなものはすべて移植してやった。

 そんなわけでPC事情が少し変わった今年の夏であったが、それもそろそろ終わり、もうすぐ秋の気配が忍び寄ってくる。9月に入ったらまずは総選挙だ。今回の衆院選でも唯一ネ申が東京一区で出馬されるらしいが、まああれだ、落選してばかりなのによくも資金が続くものである。やはり宗教などやっていると、常人とは比べ物にならない忍耐力が身に付くのだろうか。

 ところで広島六区からライブドアの堀江氏が事実上の自民党推薦で出馬していて、かなり複雑な気分である。自民党、もしくはその政策に賛同する議員の椅子は重要ではあるが、堀江さんだしなぁ。という一点に於いて、亀井氏に頑張ってもらいたい気分になっている今日この頃。第一、堀江氏にしろ、自民党に頭から賛成というわけではないようだし、この際だから自民党は公認候補をきちんと擁立するべきではなかろうか。

2005.9.1

 9月である。先ごろ公示も行われ、「郵政選挙戦」がますますヒートアップしている。

 産経の今朝の記事で首相公選論が展開されていた。今回の総選挙は事実上の首相選挙になるのではないか、という主旨である。確かに時代は二大政党制へと向かっているように見えないでもないし、選挙戦を制した政党──おそらくは自民党か民主党のどちらか──の党首が首相に指名されることは間違いなかろうが、容易には首肯しかねる論調だ。民主党は自民党の向こうを張れるほど盤石な勢力ではない。

 街頭演説で自民党の安倍幹事長代理は民主党を「フワフワした」と形容した。これは別に、民主党の支持基盤が都市部にしか存在しないとか、総論賛成各論反対で対案も出さずに騒ぐしか能がないとか、トップがジャスコ岡田であるとかいったことを皮肉っているわけではない。彼の党は党内勢力図が極めて不安定な様相を呈していることを言っているのである。

 民主党はそのほとんどが自民党からのスピンオフ組から構成されていると思われがちだが、実は旧社会党などの革新勢力を相当数抱えている。革新と保守が合体した新時代の政党と言えば聞こえは良いが、実態は要するに烏合の衆なのだ。郵政民営化に限らず、主張が二転三転してちっとも定まらぬのは、野党として反対せねばならぬという妙な使命感からだけでなく、複雑な党内事情を反映しているのである。岡田代表がいまいちぱっとしないのも、本人のせいだけではない。党内事情が派手な発言や公約を許さないからだ。

 こういった背景の中で「二大政党」を強調し、事実上の首相公選だなどと言われても困るのである。産経の記事では小泉首相も首相公選制を持論としていることを挙げた上で論じており、自民党もそれを望んでいるかのようなミスリードを誘うが、これは大きな誤りだ。第一、小泉首相自身はそんなことを今回の選挙にからめて発言していない。郵政民営化を国民が望むか望まないか、それを問うための選挙だと、解散の時から公言している。どちらかといえば、この論は、小泉自民党の郵政選挙から二大政党対決の構図へ何とかして持っていきたい岡田民主党の主張に、まんまとのせられてしまっているのである。マスコミの良識、天下の大新聞である産経が、そんなことでは困るのだ。恣意的な報道は朝日だけで沢山である。

 ところで参議院で否決された結果の衆院解散で、自民党が政権を取った後に本当に民意が反映されて参議院でも可決されるか、不思議に思う向きも多いだろう。衆議院議員が入れ替わったところで参議院の面子が変わるわけではないし、考えだってそう変わる物ではなさそうだ。しかし、これが実現されてしまうのである。何故か。

 今回、自民党は、郵政反対派議員を切り捨てた。これは小泉総裁の独断ではなく、執行部の決定だ。もう少し単刀直入に言えばポスト小泉と目される安倍幹事長代理もその方針を継ぐ公算が高いということである。その上で今回の選挙戦を制すれば何が起きるか。郵政民営化法案が衆議院で再度可決されることは間違いないところだが、それに加えて参議院に席を持つ反対派自民党議員は恐慌をきたすであろう。すなわち、再び反対すれば、次回の参院選では党公認を失うことが確実となるからだ。

 この観点から言えば、今回の総選挙は、郵政民営化だけでなく、自民党内部の改革にも大きく寄与する選挙であると言える。まさに「自民党をぶっ壊してでも改革を断行し」つつあるのである。重大な立場にありながら、これだけ自らの信念を貫ける人も珍しい。白林檎としては、小泉首相を完投させてみたいと思う。

2005.9.7

 来年の元旦に閏秒が1秒挿入されることになったそうだ。閏秒というのは閏日の子分みたいなもので、地球の自転と人間が使用している時刻とのずれを秒単位で修正するためのものである。閏日は4年ごとだが、閏秒は特にそういうのが決まっているわけではないようで、今回は7年ぶりの挿入になるという。こういう話を聞くと宇宙と自分が突然ダイレクトに繋がったような気がして、少なからぬ感動を覚える。

 対して自然を身近に感じることは日常的にある。環境音だとか風の湿り具合だとか、そういったものに季節を感じることが出来る。台風が近付いてくれば家に篭もって通り過ぎるのを待つしかなく、こういうときはちっぽけな人間存在とかいうことに考えが及ぶ。もっとも、今年の14号はノロノロと進むうち次第に勢力が弱くなり、あまつさえ日本海方面へと進路を変えてしまい、何だか拍子抜けしてしまった。

 それでも九州や山陰では結構な被害が出たようだし、3%の貯水率で深刻な渇水に悩まされていた早明浦ダムが24時間で満水になったそうで、やはり自然の影響というのは大きいものだと実感した。

 アメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」の被害は、影響どころでは済まない規模になっている。一次被害の段階で死者が数百人、避難先での感染症や衰弱に因る死者が数千人、さらに援助物資が来ると文字通りの争奪戦となり、ここでも死者が出ているという。掠奪、強盗、強姦、殺人は日常茶飯事、それらを取り締まるために犯人の射殺も躊躇なく行われているというから、まさに非常事態だ。おまけに水を抜き始めてみたら、どこぞの川から多数のワニが流れ着いて被災者の遺体を漁っていたといい、ここまで来ると最早想像することすら困難である。

 自然の対義語は文明ということになるだろうか。中国の影響下にある東洋文明は自然と調和し、メソポタミアに端を発する西洋文明は自然と対立するということがよく言われるが、その思想の違いは、例えば神話や伝承に見ることが出来る。最も顕著にして有名なのが龍とドラゴンの比較である。

 龍とドラゴンはどちらも水にゆかりの深い存在で、もっといえば河川の象徴である。しかしその立場は随分と違う。東洋の龍は神様で、非常に高貴な存在とされた。「龍のような」といえば最大級の賛辞となるし、中国では龍のあしらわれた文物は皇帝とその周辺の人間にしか使用・着用を許されなかった。

 一方、ドラゴンは完全に悪役である。悪役どころか悪の総元締めのような存在である。ファンタジーなんかだとときどき善玉ドラゴンも登場するが、わざわざ「善玉」とか「善き」とかいった修飾句が付くくらい希有な存在で、大抵は人間を困らせ、苦しめる、最大にして最強の敵として描かれる。その代わり、ドラゴンは莫大な富を隠し持っていて、鎮めることが出来た人間はそれを手中にすることを許された。

 この違いは、治水や水害の捉え方の違いであるといって大過なかろう。どちらが優れているかなどをここで論じるつもりはないが、カトリーナによる被災地の写真を見ていると、西洋人が水の害を悪魔の業と為したのも蓋し当然のように思われてくる。

 アメリカ南部を襲ったドラゴンを退けたとき、彼の地に幸いの訪れることを願って止まない。

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