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2002.12.2
さあ、12 月である。張り切ったところでいいものが出るわけでもないのに、どうして人間は年の瀬になると必要以上に力んでしまうのか。今年の仕事は年内に終わらせてしまおうということなのかもしれないが、これは夏休みの最終日にあわてて宿題の作文を始める小学生に似ている。つまり日本人(もしくは人類一般)という動物が、根本的に問題を先送りにする性質を持ち合わせているからということか。
そろそろ本格的に冬になってきて、例年通りテンションが落ち始めている。ぼくのテンションが底を打つのは二月下旬から三月上旬、春の足音が遠慮がちに近付き始める頃なのだが、これはそういうサイクルなのかそれとも単に冬眠しているだけなのか、その辺が自分ではよくわからない。ともあれそういう事情もあり、ぼくはぼくなりに忙しく過ごしていたりする。
ちょっと考えるところがあって、要するに「人はなぜパソコンを使うか」ということなのだが、当然ながらこの答えは人によって異なるだろう。ぼくの場合はというと、PC-9801 から入ったこともあってまずゲーム(三国志やらシムシティやら)だった。以後、文章書き、音楽、プログラミングと、ちょうど趣味がパソコンとほどよく合致することもあって、機種こそ変わったものの今に至るまで連綿と使い続けている次第。ところが最近そうでない人が増えていて、つまりパソコンを使うのに目的を見出せないというのであるが、こういう人たちが世に言う初心者なのであろうなあ、と、これはまあ昨日の話ではあるけれど、風呂の中でハタと膝を打ったのであった。インターネットを利用したいというだけの理由であれ、何らかの目的を持ってパソコンを買い、そして曲がりなりにも使っている層は、初級者ではあるかもしれないが初心者では決してない。
ぼくにしてみれば目的もないのにパソコンを買う人の気持ちがわからないのであるが(ちなみにぼくが PC-9801 を 買った 買ってもらったのは 単に触ってみたかったから なのだが)、家にあるんだからせっかくなら活用したい、という気持ちはよくわかる。だからパソコンを教えるというのは、技術や知識を伝えるだけではなくて、使う目的を探してあげるのが本意なんじゃないかと、これまた昨日の話なのだが、風呂の中でハタと膝を打ったのである。考えてみれば教育ってのはどんな分野であれ少なからずそういう性質を持っているべきなんだよね。
とはいってもあまりその方面にのみ注力してしまうといかにも効率が悪い。この辺は結局バランス感覚ということになるのだろうけど、ア○バのような「パソコンといえば資格を」という方向性は、少なくとも初心者は求めていないと思うし、もはや教育ではないと思うのですよ。
やれやれ、日記がこんなに長くなり始めたらいよいよ要注意なのである。
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