2005.8.15
終戦記念日である。といっても、実際に太平洋戦争の終結したのが1945年の今日というわけではないようだ。ポツダム宣言受諾が14日、軍に停戦命令が下されたのが16日。いわゆるサンフランシスコ平和条約への調印は9月2日で、国際紛争としての太平洋戦争の終結は、正確にはこの日ということになるだろう。15日は昭和天皇による玉音放送が為された日である。
ウィキペディアによれば8月15日が終戦記念日とされたのは、1982年の閣議決定に於いてなのだそうだ。
新しい歴史教科書を作る会が執筆した教科書の採択を巡り、各地で論争が起きている。その主な争点は太平洋戦争の扱いである。左翼の連中がワーワー言うのは彼らの当然の権利であるが、韓国だの中国だのが首を突っ込んでくるのは明らかに内政干渉であって、いかに被害者面をしていようと、許されることではない。
小泉首相が「郵政解散」をして、政局が風雲急を告げている。かつてこれほどわかりやすかった総選挙があっただろうかということは、あちこちで論じられ、語られているから、ここでは省くことにする。
自民党の反対派が公認されずあたふたしているのは見ていて笑えるが、民主党のグダグダさ加減にはため息が出るというのが正直なところだ。郵政民営化に反対するなら対案を出せと言われ、返答に窮した挙げ句、ジャスコ岡田がでっち上げた案が「郵便貯金の上限を低くする」である。有体にいってあれは案などという上等なものではない。郵便貯金利用者の利便性を損なった上、上限から溢れた分は銀行なりタンスなりに移されるだけで、大した経済効果など期待できぬ下の下策。これでは自民党から「民主党のいう大事なものとは郵政事業にかかわる公務員の生活保障だ」と名指しで批判されるのも仕方がない。
政治はバランス調整がその本質である。政治家の仕事は「誰かの権益を守ること」だ。役人の権益を守るのか、地元企業の権益を守るのか。韓国や中国の権益を守るのか、将来に渡る日本国民の権益を守るのか。自分が守るべき誰かのために、パイを可能な限り多く確保するのが、古来より政治家の本分であった。従って、地方から上京した国会議員が地元に新幹線を引っ張るべく奮闘するのだって、左様な働きをしてくれる人物を地元の人間が選抜した以上は、非難されるようなことではない。ジャスコ岡田が郵便局を守るべく高校生レベルのマニフェストを出すのだって、程度はどうあれ、まあ正当な行為であると言える。
問題はやはり国民の政治意識だ。選ぶ側が変わらないのに、選ばれる側だけが変わる道理などない。公務員は不景気なのに安定してていいよなーなどと愚痴をたたく閑があったら、投票所に足を運ぶが良い。郵政改革を切り口に、のうのうとのさばっている無能公務員ども(実際、有能な人材だけを残してリストラすれば、公務員の数は半分くらいになるのではないか)を一掃してくれる政治家を、自分で選ぶことが出来るのだから。
もちろん、あなたが郵便局に勤めているのなら、郵政民営化に反対する政治家を選ぶのもいいだろう。とにかく、今度の総選挙では皆、選挙に行こう。